【富士塚】東中野から早稲田へ|月見岡八幡神社の富士塚と江戸最古の高田富士を歩く(2026.07.19)
東京都新宿区には、江戸時代から続く富士信仰の名残を今に伝える富士塚が残されています。
今回は東中野駅から早稲田駅まで歩き、月見岡八幡神社の富士塚と、江戸最古の富士塚とされる高田富士を訪ねました。途中では高田馬場の総鎮守である諏訪神社や、水稲荷神社発祥の地と伝わる冨塚、大隈庭園にも立ち寄り、武蔵野台地の起伏を感じながら約3時間の散歩を楽しみました。
基本情報
日時:2026.7.19(日)11:47~15:05
天候:晴れ
コースタイム
11:47 発 東中野駅
12:12 月見岡八幡神社の富士塚
12:41 諏訪神社
13:39 高田富士
13:51 冨塚・水稲荷神社
15:05 着 早稲田駅
行程
東中野駅から月見岡八幡神社の富士塚へ
東中野駅から月見岡八幡神社へは、神田川を経由し向かいました。神田川へ向かって坂を下り、再び坂を上ることになり、この一帯が武蔵野台地の地形であることを実感しました。


月見岡八幡神社には幼稚園が併設されているため、この日は正面の門が閉じられており、富士塚は塀越しからの見学となりました。高さは約3メートルで、表面は富士山の黒ボク石(溶岩)で覆われています。
この富士塚は、寛政年間に現在の上落合二丁目付近にあった古墳を利用して築かれ、「浅間塚」と呼ばれていました。その後、道路整備や下水処理場建設に伴って二度移築され、現在の場所へ受け継がれています。昭和2年の最初の移築では、富士吉田から溶岩を取り寄せて再築されたという歴史も興味深く感じました。
今回は内部へ入ることができませんでしたが、次回は門が開いている時間帯に訪れ、間近で富士塚を見学してみたいと思います。




□月見岡八幡神社の富士塚
https://maps.app.goo.gl/2aC8y8ywPwRyJERa6
住所 〒161-0034 東京都新宿区上落合1丁目26−3
所在施設 月見岡八幡神社
成立 寛政年間(1789~1801)
構築講 月三講
大きさ 高さ約3メートル
眺望 なし
登頂 ?(おそらく不可)
備考 古墳を転用。
月見岡八幡神社の富士塚については、新宿区の文化財説明に以下のようにありました。
寛政年間(1789~1801)に、現在の山手通り(環状六号線)と早稲田通りが交差する上落合二丁目交差点付近に存在した古墳を、富士塚に転用したのが起源とされ、かつては浅間塚と呼ばれた。その後、昭和2年(1927)に山手通り(環状六号線)の整備に伴い、当時の月見岡八幡神社の境内(現在の新宿区立八幡公園)に移されたが、昭和37年(1962)に落合下水処理場(現在の落合水再生センター)建設により神社の遷座が決まり、富士塚も現在地に移転した。この富士塚は落合地域を拠点とした富士講「月三講」が築いたもので、昭和2年の最初の移築の際には、富士吉田から1万円分の富士山の黒ボク石(溶岩石)を購入して再築したという。
諏訪神社
月見岡八幡神社を後にして、車の往来が多い諏訪通りを東へ向かいます。途中で神田川まで坂を下り、再び戸山公園方面へ向かって緩やかな坂を上るルートとなり、この日も武蔵野台地らしい起伏を感じながら歩きました。

諏訪通りは日差しを遮る建物や街路樹が少なく、真夏の強い日差しが体にこたえます。昼時になったので昼食をとろうと思いましたが、この周辺は住宅が多い一方で飲食店や食料品店は意外と少なく、店を探しながら歩く時間が続きました。
そんな中で到着した諏訪神社は、境内の大木がつくる木陰が心地よく、暑さを忘れさせてくれる空間でした。鎌倉時代の創建と伝わる高田馬場の総鎮守で、落ち着いた雰囲気の中にも長い歴史が感じられます。
訪れた日は8月下旬の例大祭を控えており、境内では露店の準備が進められ、小さな盆踊り櫓も設けられていました。営業前の静かな時間帯でしたが、お祭りを迎える前の高揚感が漂い、地域の人々に親しまれてきた神社であることが伝わってきました。





高田富士
諏訪神社を後にして西早稲田交差点へ向かうと、高田馬場の地名の由来となった「高田馬場跡」の解説板があります。現在は説明板が残るのみですが、周囲は比較的平坦な地形で、馬術の訓練場として利用されていた当時の様子を想像しながら眺めることができました。




ほどなくして水稲荷神社に到着します。この日は高田富士祭の前日で、境内入口には授与品を並べる机が設けられ、お祭りの準備が進められていました。普段とは異なる雰囲気を感じながら境内へ足を進めます。


鳥居をくぐると、街中とは思えないほど鬱蒼とした森が広がり、その中に高田富士が姿を現します。高さ約10メートルの富士塚へ続く登山道は緩やかなつづら折りになっており、本物の登山道を歩いているような気分を味わえます。木漏れ日の差し込む薄暗い林の中では提灯がよく映え、お祭り前ならではの雰囲気が印象的でした。
山頂は四畳半ほどの広さで、祠が静かに祀られています。周囲を木々に囲まれているため眺望はありませんが、高さがある分だけ地上との高低差を十分に感じることができました。祭りの準備を進める方々が盆水に水を張り、花を飾る様子を眺めていると、地域の人々によって大切に受け継がれてきた富士塚であることが伝わってきます。
下山途中に振り返ると、高田富士は裾野まで美しく整えられた端正な姿を見せてくれました。また、北口には大きな御胎内窟が設けられ、「牛込元講」など富士講に関する石碑も数多く残されています。江戸最古の富士塚とされる高田富士は、信仰の歴史を今に伝える貴重な史跡であり、今回の散歩でも特に印象に残る訪問地となりました。

















□髙田富士
https://maps.app.goo.gl/yqByYMAxtLuNz9Ea7
住所 〒169-0051 東京都新宿区西早稲田3丁目5−5 新宿区立甘泉園公園
所在施設 水稲荷神社
成立 安永九年(1780年)
構築講 丸藤宮元講社?青山藤四郎翁?
大きさ 高さ約10メートル
眺望 なし
登頂 通常不可(高田富士祭などの公開日のみ)
備考 江戸七富士の一つ。昭和38~39年に早稲田大学九号館のあたり(旧水稲荷神社境内)から移転
前回は7/1に訪問していました。

水稲荷神社・冨塚
高田富士を見学した後、水稲荷神社の境内もゆっくりと巡りました。この日は高田富士祭を翌日に控えていたため、参道では露店の準備が進み、境内には盆踊り櫓や音響設備も設置されるなど、お祭りを迎える活気に包まれていました。
一方で、社務所には御朱印対応を休止している案内が掲示されており、普段は静かな時間が流れる神社であることもうかがえます。祭りの前日だからこそ味わえる、日常と非日常が入り交じる雰囲気が印象に残りました。
本殿の裏手へ進むと、小高く盛り上がった冨塚があります。この塚は古墳を利用したものと伝えられ、水稲荷神社発祥の地とされています。また、この場所から清水が湧き出たことが「水稲荷神社」の名前の由来になったとも伝えられています。
水稲荷神社と冨塚は、この土地の信仰の始まりを今に伝える大切な史跡です。高田富士とあわせて見学することで、この地域に受け継がれてきた歴史をより深く感じることができました。





水稲荷神社について→https://www.kanko-shinjuku.jp/spot/-/article_328.html
高田富士と水稲荷神社については広重の浮世絵が残されています。

大隈庭園
高田富士と水稲荷神社を見学した後、早稲田駅へ向かう途中で大隈庭園に立ち寄りました。
訪れた日は休園日だったため園内に入ることはできませんでしたが、外から眺めるだけでも手入れの行き届いた庭園の美しさが伝わってきます。遊歩道は木陰が多く、これまで炎天下を歩いてきた身には、ひと息つける心地よい空間でした。
夏の日差しを受けて庭木の緑はいっそう鮮やかに映え、都会の中とは思えない落ち着いた雰囲気が広がっています。庭園の向こうにはリーガロイヤルホテル東京や早稲田大学大隈会館が見え、歴史ある庭園と近代的な建物が調和した景観も印象的でした。
今回は外からの見学にとどまりましたが、次回は開園日に訪れ、池泉回遊式庭園をゆっくり散策してみたいと思います。富士塚や神社を巡った一日の締めくくりにふさわしい、静かで落ち着いた立ち寄りスポットでした。









まとめ
今回歩いたコースは約3時間と手頃な距離ながら、江戸から現代へと受け継がれてきた歴史を数多く感じられる散歩となりました。
月見岡八幡神社の富士塚では、古墳を利用し二度の移築を経て守られてきた歴史を知ることができました。一方、高田富士では江戸最古の富士塚らしい堂々とした姿や御胎内窟、数多くの富士講の石碑を見学し、江戸の富士信仰の広がりを実感しました。
また、諏訪神社や水稲荷神社では例大祭を目前に控えた活気ある雰囲気に触れ、大隈庭園では都会の中の静かな緑に癒やされました。歴史や信仰だけでなく、武蔵野台地の地形や街並みの変化も楽しめるコースです。
高田富士祭の時期には富士塚へ登拝できる貴重な機会もあります。富士塚や歴史散歩に興味がある方には、ぜひ歩いてみてほしいルートです。
参考
以前の散歩の記録です。

